公務員の労働問題について

http://www.asahi.com/politics/update/0424/TKY201004240004.html
 この話、労働基準の話だけではありません。
はてなブックマーク - asahi.com(朝日新聞社):霞が関「労基法違反が常態化」「ひどい残業」仙谷氏指摘 - 政治
 ブコメも含めて指摘がまったくないので…(まったくというのは正確には言いすぎですが)


 官僚の労働過重に関する指摘は、別に昨今始まったものではありません。
かなり昔から、多くの官僚が霞ヶ関宿泊自慢や朝帰り自慢をしていました。


 たしかに一部のコメントにもあるように、民主党時代にかなり増えたといわれる質問主意書などが残業や就労時間の増加につながったという点はあるやも知れません。しかし、この点に関しては官僚の労働過重に配慮して、議会追及の道具としての「質問主意書」の提出を控えなければならないという主張が正当なものとは思えません。あからさまな乱発は控えるべきであるかもしれませんが、それは個々人の議員の内心にあくまで「要請」されるレベルのものであって、それをもって批判するというのは適当ではないでしょう。*1


 今回は、この話がしたかったのではありません。
 最大の問題点は、官僚の人事管理システムにあるということの指摘です。すでに多くの方がご存知と思いますが中央官庁の人事システム(昇進がという意味ではなく、年代と人数の構造が)は、完全なピラミッド型になっています。
制度上は、生涯つとめることも不可能ではないはずですが、中央官庁の場合、出世コースから外れた人には退職歓奨がなされます。そこで退職した人を受け入れる先を、制度的に作り出したのが多くの「天下り」先です。


天下り」の問題は、完全な民間企業が「官僚」を迎えることで、官庁からの束縛を除くあるいは「配慮」してもらうという場合と、官庁が資金を出した外郭団体に「天下り」をさせて元「官僚」を養うという二つの側面があります。これは似て非なるものですので、「天下り」を論じる際に単純に同一視して論じることは大きな誤りを招くだろうと思います。近年大きな批判を浴びる「天下り」は、主に後者であることが多いです。
こうしたシステムは大きな問題ですが、ほとんどの官僚を完全に終身雇用した場合、果たして「天下り」させてその一部を国庫から補う場合と負担がいかほど変わるかというのは精緻に比較されるべきと思います。*2


 上記ブコメにはいくつも民主党に対して「(労働過重を生み出している)お前が言うな」的コメントが並んでいるわけだけれども、 この官僚の人事管理システムについて民主党はかなり早い段階から制度の抜本的な見直しの方針を示してきていることが忘れられています。


http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2010040702000064.html?ref=rank
 一つ目が、幹部職への降格人事制限の撤廃
内閣人事局」などで対応するとされるこれはこれまでの、メリットシステムを採用していた幹部公務員の配置を一部分だけとはいえスポイルズシステムに変更しようとしていると言えます。(幹部官僚クラスを制度的にプールするというのは、政権交代(民主党から他党への場合も当然含む)を考えた場合、少なくとも現行の制度(ある意味、政権交代を想定していない)よりもマシであると思う。)


 二つ目が、公務員法案と公務員庁の設置
(一時的なものとしてかもしれないが)現行システム((早期)退職歓奨と「天下り」)を正式な制度として取り込むという方向を民主党が志向していると考えられます。


 この民主党案をどう評価するかといえば、私は評価できるところもあるが、抜本改革には程遠いといわざるを得ないとは思います。
上記、東京新聞自民党の塩崎氏が指摘するように

政府が天下りの温床とされる早期退職勧奨禁止に踏み込めなかったことを念頭に「民主党が主張してきた『天下り根絶』に逆行する改正案だ」

という批判は決して的外れなものではありません。ですが、そこでは「天下り」=悪というあまりに単純な既成概念にとらわれていて、「天下り」も開示・追求可能な制度化された場合「悪」ではないのではないかという議論がすっぽり抜け落ちているとは思います。(これは多くのマスコミにも言えること)
ですが、公務員の人数削減をなんの根拠もなく掲げているのは民主党案の最悪な部分でしょう。これは他党案も多かれ少なかれその側面があるでしょうし、民主党はその点に踏み込まないと他党から「自治労が云々」といわれるためにより強く打ち出しているという側面があるかもしれませんが…。
日本の公務員は、世界的に見ても決して多くはないのです。


 最後に提案
 某行政学者氏と同一の主張になりますが、国一、国二と分かれている採用システムをまず統一すべきと思います。
昇進制度と、権限限定、実務に従事する人員のマッチングを少人数で行おうとするから無理が出ている。


(早期)退職歓奨をまったく行わないということは無理でしょうけれども、大きな同一枠組みの中で人事システムを行うべきではないかと思います。(これは一部で先般議論になった「総合職」「一般職」問題とも重なると思うが。)大体、高等文官試験の残滓をいまだ引きずるのはどうなのでしょうか。
あと現状の労働過重は官僚自身が維持してきたという側面もあるかと思います。
4/24 霞ヶ関の残業批判がネタ化: きょうも歩く


あとは、労働三権の付与は行うべきですが、これは人事院との兼ね合いで拙速は特に注意すべき点ですが。

*1:官僚自身の愚痴としてはともかく

*2:ただし、外郭団体への国庫支出について近年はともかく一定程度過去のものは分析が非常に難しい。巧妙に迂回、あるいは何段階にもわけて追跡を困難にしている。こうした手法が、より疑いの視線を招いたことは論をまたない。