選挙制度と議会制民主主義〜日本の「中選挙区制」という問題〜

id:kyo_juさんから
小選挙区制=二大政党制か比例代表制=多党制かという理念型に囚われ、結果として小選挙区制導入の旗振り役を担った(左右問わず)政治学者達の罪は重い。/id:kogarasumaruさんもその宿痾を免れていないように見える」はてなブックマーク - kyo_juのブックマーク / 2012年4月6日
と言うご指摘を受けた。


これだけでは意味がいまいちつかめなかったので詳細についてお伺いしたところ

下の階のkogarasumaruさんのブコメのうち、「一番政治的な構想や民主主義の進展と程遠い中選挙区制」という部分が、中選挙区制を日本の特異な政治風土のもとで成立した畸形的な選挙制度と評価した上で、小選挙区制(多数代表制)または比例代表制に向かうべきだとするパラダイムに準拠した、その意味で近年の日本の政治学界に典型的な議論をその弊害も含めてそのままなぞったものになっているなぁ、というふうに感じたので「宿痾」というやや強い表現を使いました。

ここでいう「弊害」というのは、次のようなことです。 上で述べたパラダイムのように、中選挙区制(少数代表制)を切り捨て、小選挙区制と比例代表制だけを「政治的な構想(二大政党制か多党制かとか、民意の集約か反映かという意味でしょうか)」「民主主義の進展(これは必ずしも意味が明確ではありませんが…)」という点から考慮に値する選挙制度とみなした時点で、現実の力関係を考慮すれば、(仮に政治学者なり一般の論者なりの本人が比例代表制の方が望ましいと思っていたとしても)小選挙区制の導入ないし維持を正当化することになります。また、小選挙区比例代表並立制から単純小選挙区制への漸進的な以降を、理念の点でより純化された制度への移行として支持することにもなるでしょう。 むろん一般論としては、学術的な議論をその政治的効果だけで評価すべきではないのですが、単に選挙制度を記述的に比較分析しているのではなく、「政治的な構想」や「民主主義の進展」といった軸で規範的に論じ、かつその議論が実際の政治に影響を与えている以上、政治的効果に対する批判は免れないものと考えます。

個人的には、中選挙区制は少数代表制に分類されると同時に「準比例代表制」とみなされることもあるので、選挙制度の記述的ないし規範的な議論の中では準比例代表制として扱い、小選挙区制と比例代表制の折衷的な諸制度(並立制、連用制、併用制)などと同等に議論の俎上に載せることが、中選挙区制を「日本政治の後進性」の象徴のように扱う文脈依存的な態度から離れたより客観的な態度になるのではないかと考えています。 その上で、小選挙区制も比例代表制も「どっちもどっち」ではなく、規範的にいずれを優位におくのか論者ごとの個性がもっと出て良いと思っていますが、それはまた別の話ということで。

という説明とご指摘を受けたのでこれにちょっと応答を
なるほど「宿唖」というのはある意味でその通りと思います。
中選挙区という歪な制度を他制度との相対的な比較は別にして積極的に何らかの民主主義的価値を実現しうる制度として肯定的に捉える政治学者は私が知る限りそういないだろうと思うからです。
いるとすれば後述するジェラルド・カーティス氏位でしょうけれども、彼の中選挙区制度下で構想される民主主義は(他党への政治転換を前提としない)55年体制の出来る限りの延長か、せいぜいのところ左派政党を排除した穏健な複数保守政党による政権維持(派閥のある程度の外部化)でしょうから、これを肯定する観点から「中選挙区制」をkyo_juさんが積極的に肯定するというのであればまあそういう考え方もあるでしょうとしか言えません。


その上で、まず前提の議論として一点
kyo_juさんもご存じかも知れないが「選挙制度」が議会での政党構成や議会内での議論の行われ方、議会での合意形成過程の構造を非常に大きく規定するという前提があります。
公務員試験でも頻出し、90年代の選挙改革時にも出てきた「デュベルジュの法則」というものです。
デュヴェルジェの法則 - Wikipedia
このwikiの解説は概ね間違っていませんが問題はデュベルジェがフランス議会の機能不全の原因を、フランス議会内の複雑な政党構成にもとめ、多様な政党による議会構成を改善するために小選挙区制度を求めたというあらかじめかなり強い価値判断が入った主張だったということです(それ自体が批判されるべきことではありません)。ただその後、サルトーリの提示した議論で議会内の政党構造による多様性が示されています。これは前提知識と言えます。


もう一つ
中選挙区制は「少数代表制」「準比例代表制」とみなされることがあるということですが、私が知る限り前者はともかく後者のような主張をしている人は「平和への結集」の太田氏位しか知りませんし、それは比例代表制の理解という観点でも中選挙区制度という大選挙区制度の亜種の理解としても正しい理解であるとは到底思えません。「少数代表制」の要素にしても5人区はともかく3人区で候補者が固定されがちな特に地方選挙区においてより「少数意見」が反映されにくくなるシステムが「少数代表制」を意識する制度が持つ少数意見の配慮という精神を有している制度とは到底思えません。


3点目
中選挙区制度批判として最も下敷きにされる研究に、ラムザイヤーとローゼンブルースの研究があります。
ある意味、中選挙区制度批判の論点はここで出尽くしていると言えるかと思います。結果的に中選挙区制度を擁護する論点をとることになるジェラルド・カーティス氏などの個別選挙観察に基づく研究も、上記の中選挙区制度分析結果の批判にされている点を結果的に反対側の側面から見てそれを肯定的に捉えていると言えます。だからこそと言えるかもしれませんが自民党による一党支配であることや党内対立の結果選挙費用が莫大になることを政治のダイナミクスとして評価するということになります。


特に3点目の問題点について政治学者レベルで「中選挙区が政治腐敗の原因の大きな要素だった」ことを否定できる人間はまずいないだろうと思います。ある程度の「腐敗」(そもそもあの程度腐敗と呼ぶべきではないという考え方も含めて)は政治のダイナミズムの観点から肯定されるという見方もありますけどね…


ただこれは
小選挙区制度が中選挙区制度よりも絶対に良いかという議論、比例代表制度が中選挙区制度よりも絶対に良いかという議論とは別」なのです
そこが無視された
そしてkyo_juさんは小選挙区制度の導入が当時の議論から必然だったように思われるかもしれませんが、必ずしもそうではないという点は指摘しておかなければならないかなとは…
必死で導入しようとしていた人たちはいて、結果的にその通りになってしまった
そして多くの政治学者が上記の前提を忘れて制度変更後の検討をろくに行わずに「変えればどうにかなる」で
短絡的に制度変更を「改革」の名のもとに進めたという面はあります。


個人的には異常な中選挙区制度からより一般的な「大選挙区制度」への移行なども本来的には検討されて良い制度変更候補ではあったと思います
なんだかまとめて書く時間がないのでグチャグチャになっておりますが…